「コミュニケーションを取ったからって関係性が良くなるなんて嘘ですよ」って話

人生哲学的なやーつ

こんばんは(*^-^*)西舘です。

 

 

「人間関係」

 

 

だれしもが一度は頭を抱え、心が疲れ切った経験があるのではないでしょうか。

 

 

・先輩が自分をいじめてくる。

・後輩が言うことを聞いてくれない。

・恋人と意見が喰い違う。

などなど。

 

 

逆に、幸せを感じ、心が癒され尽くした経験もあるのではないでしょうか。

 

 

・先輩の優しい言葉に心震えた

・後輩が誕生日のお祝いをしてくれた

・恋人から愛のお手紙をもらった

などなど。

 

 

人間関係って、白にも黒にも変化する不思議なものなわけなんですけど、よく世間様がお話されている「人間関係を良くする方法」的なものの中にこんなものがあります。

 

 

「コミュニケーション不足だから関係性が良くならない。だから、もっと積極的にコミュニケーションを取っていこう!」

 

 

 

ほおほお、まずもってコミュニケーションが浅いから関係性も良くならないって考えですね。ま、そのようなパターンもあるんでしょうね、世の中には。

 

 

ただ、僕は今まで数多くの後輩を従えて「バー」というフィールドで.「,お客様が居心地の良い空間作り」のためにチーム戦を繰り広げてきた経験からハッキリと言えることがあります。それは、

 

 

「コミュニケーションを取ったからって関係性が良くなるなんて嘘!」

ってこと。

 

 

チームで仕事をされている方へお伝えしたいんですよ、本気で。コミュニケーションで人間関係の悩みがすべて解決するんだったらだれだって頑張って喋りますし、頻繁にLINEしたりしますよ。でも、そんなご都合の良い話は存在しないし、そんなカンタンにうまくいく話でもないってのが現実。

 

 

たとえば、あなたがあまり信頼していない先輩が急に話しかけてきたり、しょっちゅうLINEが送られてきたりしたらどう思いますか?

 

 

「急になに?うざいんですけど!」くらいに思いますよね?

「なにか裏がありそう!」って勘ぐったりしちゃいますよね?

 

 

また、あなたを昔いじめていた同級生が急に優しく接してきたり、プレゼントを渡してきたりしたらどう思いますか?

 

 

「急になに?いまさら謝罪のつもり?」くらいに思いますよね?

「なんか怖い・・またなんかされる前触れ?」って勘ぐったりしちゃいますよね?

 

 

つまり、コミュニケーションをただ単純に「作業」として行うとむしろ逆効果だってことです

 

 

そして、コミュニケーションを「作業」として考えている人がめちゃくちゃ多い気がするんですよね。

 

 

「話しかければいい」

「気を遣えばいい」

「なにかプレゼントすればいい」みたいな。

 

 

そして、

話しかけたら、「話しかけたよ!はい、よくできました私!」

気を遣えたら、「気を遣ったよ!はい、よくできました僕!」

プレゼントをあげたら、「プレゼンあげたよ!はい、よくできました俺!」

みたいに、あたかも自分が頑張ったかのような充実感を覚える。

 

 

この作業の中で決定的に抜け落ちてる視点があります。お気付きですか?

 

 

そうです。「話しかけられ、気を遣われ、プレゼントを貰った相手側の視点」です。

 

 

突然のキャラ変更をスッと受け入れてくれるような器の広い人なんて滅多にいません。ましてや今まで大した絡みもなく、信頼もなかった相手のキャラ変更なんてなおさら受け入れられるわけないんですよ。なのに、「コミュニケーションを取れば、きっと関係性が良くなる!」って信じこんじゃってる側からすれば、急に深く絡み始めることが正義で、自分のためで、自分の努力に感じるっていう。相手側からすれば大迷惑甚だしいってことにも気付かずに、残念無念また来年とお伝えしたいくらいです。

 

 

じゃあ、どうやって人間関係を良くしていくかって話になるわけです。答えが「積極的にコミュニケーションを取ること」じゃないなら、いったい何の方法があるというんですかって疑問に思うことでしょう。

 

 

答えは一択です。それは、「自分が何者かになって、相手からの信頼を得ること」です。

 

 

相手から信頼が得られていない以上、人間関係が良くなる要素なんてこれっぽっちもないわけです。てか、「人間関係が良い=お互いがお互いを信頼している」と同じ意味です。ここが抜け落ちていると何事もうまくいくわけないんです。だって、「信頼されてない=関係性が良くなることは一生ありえない」ので。

 

 

じゃあ、「自分が何者かになるには?」って話になります。これはシンプルで、「希少価値の高い人になること」です。

 

 

たとえば、

筋肉がムキムキな人ってまわりに何人いますか?ゼロではないにしても、圧倒的に細かったり太ってる人の方が多いですよね?つまり、希少価値は高い。

SNSのフォロワーが1000人超えてる人ってまわりに何人いますか?ゼロではないにしても、圧倒的に100人未満の人の方が多いですよね?つまり、希少価値は高い。

動画の編集作業ができる人ってまわりに何人いますか?ゼロではないにしても、圧倒的になにもできない人の方が多いですよね?つまり、希少価値は高い。

 

 

上記の例は極端かもしれないですけど、言いたいことはつまり「自分のまわりにいないタイプの特技をひとつ持つ」ということです。そして、人は自分にない特技や才能を持っている人と知り合いになりたいと思うものです。芸能人と知り合いになりたいとか夢みたいなことを考えたことがある人もいますよね、ま、そういうことですよ、芸能人は希少価値が高いんでね。

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ちなみに、僕はいままで多くの後輩スタッフと良い関係を築き上げてきた自信があります。転職して辞めたり、学校を卒業して辞めたり、家庭の事情により辞めたりしたスタッフはたくさんいましたが、ほとんどの後輩は今もなお僕が働いているバーに遊びに来てくれているのがなによりの証拠かなと。

 

 

じゃあ、僕はいったい何者だったのか。自分で言うのもあれですが、「だれよりも良い経験をさせてくれる人」だったんじゃないかなって思います。たとえば、僕は今までたくさんのお客様のご厚意により、さまざまな飲食店に連れて行ってもらってきました。もちろんすべてご馳走していただいて。で、後輩も一緒に連れて行く機会がたくさんありました。

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僕と一緒に働いていると、お客様が色んな場所に連れて行ってくれる。

そんな希少価値のありかたも良いんじゃないでしょうかね。

ま、あと、僕、優しさの塊みたいな男の子なんです、それもみんなと仲良しの理由です、たぶん笑。

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コミュニケーションを取ったからって関係性が良くなるなんて嘘

「だれがコミュニケーションを取るのか」という部分が大切。なので、「自分が何者かになること」を考え、行動する必要があるのではないでしょうか。

 

 

おわり。

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yuki_nicccy

札幌の「BAR PENCIL VANI;LLA」代表。 1985年生まれ。21歳の冬にBAR屋の職に就き、現在まで延べ10万人以上のお客様と接する。 趣味は「楽しくお酒を飲みながらさまざまな人と話すこと」「読書」「カフェで引きこもること」「北海道コンサドーレ札幌の応援」。