結局誰かの”ありがとう”の一言より幸せになれることってないよって話

Photo of happy three friends women sitting on grass in park outdoors looking aside using mobile phone.
人生哲学的なやーつ

こんばんは(*^-^*)西舘です。

 

 

あなたは何のためにお仕事をされていますか?

 

 

生活のためですか?

夢を叶えるためですか?

それともなんとなくですか?

 

 

僕はよく何のために仕事をするのかなんてことを考えているわけなんですけど、結局いつもコネコネ考えてモヤモヤしてる時に出る結論ってたったひとつで、それは「誰かの”ありがとう”の一言が嬉しいから」なんです。

(好感度を上げたいからこんなことを言ってるわけじゃないですよ?笑)

 

 

「誰かの”ありがとう”の一言が嬉しいから」と心から言えるのには時折僕の感情に大きな振動を与えてくれるほどの”ありがとう”が届くからです。全力で走ったりしたわけじゃないのに心臓が活発に動く感覚、経験したことありますよね?あれです。

 

 

どういうことかって?それは年に何度かいただけるお客様やメンバーからのメッセージ。年賀状に代表される季節のお手紙、お店の周年の際にいただける”おめでとう”のLINEやご祝儀品。自分の誕生日。

 

 

いつも”ありがとう”という言葉は僕の周りをよく飛び交っています。でもその”ありがとう”が当たり前になっていて嬉しさの感度が下がる時期ってあるんです。嬉しいことなのに嬉しいことに気付かずに華麗にスルーみたいな。なんなら”ありがとう”が当たり前になりすぎて気付かないうちに僕が周りに伝えていない時期さえあるんじゃないかと思います。そう思うと怖いですけどね。めっちゃ調子乗ってる奴じゃないですか、ちゃんと感謝を伝えることもできないなんて。

 

 

そんな時期の僕の感度にメスを入れてくれる日、それが年始だったり周年日だったり誕生日だったりします。

 

 

ちなみに今こんな内容のことを書いているのは他でもありません。お世話になっているお客様から「いつもありがとう。感謝してます。そして周年おめでとう!」というLINEが来たからです。

(今日は僕が働いているバーの3周年記念ライブの日。そしてこんな大真面目なLINEなんて滅多にいただけないお客様から届いたもんだからバチコイ目が覚めました笑)

 

 

目が覚めていつものようにスマホを見たら1通のLINE。その内容があまりに嬉しくて。このホットな感情がマックスな時に思ってることを書かないと文章の熱が冷めるなって思ったんです。

 

 

今日はお店の記念日。常連様はきっと楽しみにしてくれている。今日のライブがあるおかげで昨夜は常連様がぜんぜん来なかったという事実が物語っている気がしてます笑。

 

 

結局のところ人は誰かに認めて欲しい、褒めて欲しい生き物です。その欲求を満たすためにはまず自分自身が誰かに”ありがとう”と言ってもらえるような生き方をしなければならないんですよ。そして僕は自分次第で直接誰かから”ありがとう”という尊い一言をいただける仕事を選んだんです。

 

 

「職業:誰かの幸せを満たすBAR屋」

 

 

 

結局誰かの”ありがとう”の一言より幸せになれることってないよって話でした。

 

 

おわり。

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yuki_nicccy

札幌の「BAR PENCIL VANI;LLA」代表。 1985年生まれ。21歳の冬にBAR屋の職に就き、現在まで延べ10万人以上のお客様と接する。 趣味は「楽しくお酒を飲みながらさまざまな人と話すこと」「読書」「カフェで引きこもること」「北海道コンサドーレ札幌の応援」。